フラダンスと日本人の関係

現在、日本でのフラダンス人口は50~70万人、一説には100万人だとも言われています。

フラダンスを習い始めたきっかけや習っている理由は人それぞれだと思います。

そして、フラダンスに対する思いも人それぞれ。

でも、日本人が踊っているのはフラではない、学ぶ姿勢がそもそもハワイの人たちと大きく違う、という厳しい声もあります。

あまり楽しくない話題ですが、我が身を振り返りつつ進めていきたいと思います。

1.日本でのフラの歩み

日本人が初めてフラをその目で見たのは、大正時代のことだといわれています。

1914年(大正3年)に東京の上野公園で開催された「大正博覧会」に、ハワイからフラグループが来日してフラを披露しました。

その8年後に、ハワイから日系2世ミュージシャン灰田兄弟が来日、翌年に発生した関東大震災のせいでハワイに帰れず日本に残った彼らが日本初のハワイアンバンドを結成、日本でハワイアンミュージックのブームが起こりました。

戦後になると多くのハワイアンバンドやシンガーが登場し、ビアガーデンなどでの生演奏は常に大盛況だったといいます。

フラの方はいうと、音楽のブームとともに、NDT(日劇ダンシングチーム)、SKD(松竹歌劇団)や宝塚少女歌劇団のショーで踊られ、一般に披露されました。
昭和30年代になると、ハワイに留学してフラを学ぶダンサーも現れるようになります。




その中に、カレイナニ早川さんがいらっしゃいます。

早川さんはバレエダンサーから転身、ハワイに留学してフラを学び、帰国後、福島で開業間近だった常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)に講師として招かれ、専属のダンシングチームの養成に尽力されました。

映画「フラ・ガール」で松雪泰子が演じた先生役は、早川さんがモデルになっています。

こうした方々の努力で、徐々に日本にフラが広まっていきました。

2.フラダンスブーム

2006年に映画『フラ・ガール』が公開されてから、フラを始めたいという人が増えたという話を聞きます。

それまで、どちらかというと高齢の女性がムームーを着てゆらゆら踊るものとか、逆にココナッツブラと腰ミノで激しく腰を振りながら踊るものとか、誤解と勘違いで手を出しにくかった世代の人たちが、映画を見てフラに興味をもつようになったのでしょう。(ココナッツブラと腰ミノで激しく腰を・・・という踊りはフラではなくタヒチアンなのですが)

あれから10年、その人たちは今でもフラを続けているのでしょうか。

熱しやすく冷めやすい日本人のことですから、ひところのブームが去ったから自らも去っちゃった、という人も多いと思われます。

でも、軽い気持ちで始めてみたら、その奥の深さにすっかりハマってしまい今に至っています、という人、どうかそのままどっぷりハマっていていただきたいと思います。




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