テコンドーの5つの精神

空手や柔道には道場君があるようにテコンドーにも学ぶ以上は必ず守るべき心構えや心の在り方があります。それがテコンドー5つの精神です。

このテコンドー5つの精神をわかりやすく解説していきます。

1. テコンドーの5つの精神とは

テコンドーの5つの精神とは礼儀・廉恥・克己・忍耐・百折不屈の5つの心の在りかたです。

それでは原文と共に1つずつわかりやすく解説していきます。

1. 礼儀

「これは人が守らなければならない最高の規範で、人と交わる手段でありまた集団生活を円滑に行うために多くの聖人君子達が定めた不文律と言えよう。従って以下の事項は礼儀の一部分にしか過ぎないが、全修練生達はこれだけでも守るように最大限の努力を傾注しなければならない。
1.お互いに譲歩する精神を昂揚し
2.お互いに誹謗し、侮辱する悪習を恥じ
3.お互いに人格を尊重し、また謙遜し合い
4.人道主義と正義感を奨励し
5.師範と弟子、そして先輩と後輩の関係を明確にし
6.礼儀正しい生活態度を心がけ
7.他人の所有物を尊重し
8.問題の大小に関わらず公平かつ慎重に処理し
9.心にもないような上辺だけの贈り物をあげたり貰ったりしてはいけない。」

人として生きる以上、多くの人にかかわって生きています。

社会とは集団生活の場ですから、規律を守り相手の立場にかかわらずお互いを尊重し礼儀礼節を尽くしなさいという教えです。

例えば、元気よく挨拶をする。譲り合いの心をもって相手を先に譲ってあげる。両親や先生への感謝の心を忘れない。など、人として幸福に円滑に生きるための心構えが礼儀です。

2. 廉恥

「正しきと誤りを判断する能力であり、仮に過ちを犯したとき自らを恥じることの出来る良心を言う。
悪い例 1.教える実力がないにも関わらず、あたかも権威のある師範のように振る舞い、善良な修練生達を間違った道へと誘いながらも恥じないこと。
2.模範演技を行う際、自分の威力を誇示するため試割り用の板に細工をしたり、煉瓦に予めヒビを入れておいたり等の見せかけのトリックを使って観衆や弟子達を騙し、なおも図々しく振る舞うこと。
3.道場を必要以上に派手に装い事務室を偽りの賞状やトロフィーなどで装飾し、そして過度に親切に振る舞い修練生達の関心を買い、己の無能をごまかすこと。
4.己の実力以上の段、級位を要求し、金銭で買収するなど、またそうしながらも恥じる気を全く持たない偽武道家。
5.利己的な目的や、在りもしない実力を誇示するために段、級位を必要とすること。
6.立派な弟子を育てるためではなく営利を目的として道場を運営し、修練生に対し金品を無理に要求し、また証明書や認定証を売ること。
7.言葉と行動が伴わず約束を守らない師範や修練生。
8.後輩に対して技術に関する意見を問うことは、恥であると考える先輩。
9.個人の営利のため、権力にへつらい武道家として備えなければならない基本姿勢を忘れながらも武道家を装う愚か者。等々・・」

正しいことと間違ったこと、物事の善悪を理解すると共に「悪いことは恥である」と自らの行動を戒めなさいという教えです。

社会には利己的で約束を守らない人々も確かにいます。そのような人を見て自分は「こんな風にはならない」「悪いことは人としての恥だ」と良心を忘れずに正しい道を歩み続ける必要があります。それが廉恥です。

3. 忍耐

「「耐えることは徳である」「百回耐えればその過程が平和なのだ」という諺に見られるように、耐えるものには幸福と繁栄が訪れることだけは事実である。
高段位、または完璧な技術の習得など、ある目的を達成しようとするならば、まず目標を設定し、忍耐力を持って絶えずそれに向け邁進すれば祈願成就できるのである。
14世紀頃のスコットランド解放の英雄ロバート・ブルースは度重なる負け戦の中で自暴自棄に陥った。彼はあるとき1匹の蜘蛛が木の枝に糸を張ろうとしている姿を目にした。
この蜘蛛は七度失敗しても諦めず、八度目に漸く成功した。この蜘蛛を見て勇気づけられた彼は戦いを続け、スコットランドを解放に導くことになった。
これは耐えることの中から成就を遂げた良い例であると言えよう。
従ってテコンドーの指導者となるには、どんな苦難にぶつかっても耐え、それを克服することが秘訣の一つなのだ。」




忍耐とは困難にぶつかっても決してめげずに耐え忍んで目標に向かって突き進みなさいという教えです。

人は基本的に楽をしようとする生き物です。目標にむかって踏ん張る時、楽な方に逃げてしまえばそこで終わりですが、耐え忍んで続けていけば目標をいつか達成できますし、例えすぐに実らなくとも人として必ず成長できます。

どんな困難があっても試練だと捉えて我慢し、ひたすらに目標に向かって突き進む心。それが忍耐です。

4. 克己

「道場の内外を問わず、自分を抑制すると言うことは実に重要な問題である。仮にチャユマッソギ(フリースパーリング)を行っているとき、あるミスによって下級者から突きや蹴りを貰った場合、自分を抑制できずに感情のまま相手に攻撃を加えれば、おそらく事故を招くことになるだろう。また謙虚で節制のあるいわば分相応の生活を送ることが出来ず、他人の物を欲し、虚栄心に取り憑かれれば武道家としての地位を失うことになる。
老子(紀元前580)は「強者とは、戦って相手に勝つ者ではなく己に勝つ者である」と言った。」

克己とは自分自身の弱い心に打ち勝ちなさいという教えです。

人は誰もが弱い自分というものがいます。辛いことがあるとすぐに諦めてしまう自分や何事も長続きしない自分。

そんな弱い心を乗り越えてこそ人は成長できますし、乗り越えなければ問題は解決できません。

自分の弱い心に勝ち続けなさいという教えこそが克己です。

5. 百折不屈

「レオニダス(人名:Leonidas:古代ギリシア・スパルタの王(在位前490頃?480)。紀元前480年,アケメネス朝のクセルクセス1世率いるペルシャの大軍の侵攻を食い止めるために,テルモピュライの隘路を4,000の兵で守ったが,土地の者がクセルクセスに内通して間道を教えたため,ペルシャ軍に囲まれた。
大半の兵を退却させ,300人のスパルタ兵を指揮して最後まで戦い,全スパルタ兵ともども討ち死にした。その英雄的行為はギリシャ人に深い感銘を与えたという。)が挙げられよう。
彼と勇敢な部下300名は、テルモピュライにてクセルクセス率いる部隊と戦ったとき、百折不屈の気迫が何であるかを全世界に知らしめたのである。
即ち彼らはその勇敢さと堅い意志をもって圧倒的優勢な敵に対し全く臆することなく最後まで勇戦奮闘し、百折不屈の気迫をありありと見せつけたのである。
この様に正しいテコンドー家で在れば平素に於いては謙虚で正直なのは勿論、正義に立脚していれば相手が誰であろうが数がいくらであろうとも少しも恐れず、そしてためらわず果敢に邁進して行かなければならない。
孔子は「正義と知りつつそれを声高に叫ばない者、または行動に出ない者は使い道のない臆病者であり、己の設定した目標に向かい百折不屈の精神をもって正直かつ精力的に前進する者に目的達成を遂げない者は居ない」と教えた。」

百折不屈とは例え百回折れたとしても決してあきらめてはいけないという教えです。

目の前に百回たたけば壊れる壁があったとして99回で諦めるか、最後の力を振り絞って後1回叩くかによって壊れるか壊れないかが決まります。壁というのは自分の限界です。

諦めずに続けてこそ道は開けますし、自分の限界を超えられるという教えが百折不屈です。

2. これからテコンドーを始める人へのアドバイス

最後にテコンドーの精神に則ったアドバイスを初心者の方へむけて書かせて戴きます。

テコンドーは格闘技であると同時に武道です。人としての正しい道と強い体と心をを修業を通じて学んでいくことができると確信しています。

その修業は確かに険しい道ではありますが決して焦らず諦めず地道に続けて下さい。
短期間で超人的な強さを手に入れる方法はこの世に存在しませんが、楽しみながら地道に磨いていく方法はいくらでもあります。テコンドーを通じて明るい人生を手に入れましょう。

以上がテコンドーの5つの精神です。テコンドーは人として正しい道を歩むための光です。
5つの精神を守り抜き、人生をより充実させましょう。
ご清聴ありがとうございました。




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