パトリック・チャン | フィギュアスケートの有名選手名鑑

パトリック・ルイス・ウェイクワン・チャンはカナダのフィギュアスケート選手です。

2004年ソチオリンピック団体戦銀メダリスト、男子シングル銀リスト、2010年バンクーバーオリンピック5位、世界選手権3連覇。

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1.パトリック・チャン

1990年12月31日、パトリック・チャンはオンタリオ州オタワで生まれる。母は20歳の時に香港からカナダに移住。父は幼少時に香港からカナダに移住してきた元卓球選手で、現在はケベックでコーチをしている。特技はピアノ演奏、フランス語、英語、広東語に堪能である。

5歳の時にフィギュアスケートのレッスンを受け始める。2005年カナダ選手権のジュニアクラスで優勝、世界ジュニア選手権に初出場し、7位となった。ISU ジュニアグランプリに参戦し、JGPモントリオールで優勝、JGPファイナルにも進出した。

2006年7月、長らく師事してきたオズボーン・ コルソンが90歳で亡くなったため、2006年-2007年シーズンは天野真の指導のもとグランプリシリーズに参戦。世界ジュニア選手権では銀メダルに輝いた。

その後、ドン・ロウズをメインコーチに迎え、主に彼の拠点であるフロリダで技術指導を受ける様になる。

2007年-2008年シーズン、エリック ボンパール杯でGPシリーズ初優勝を果たし、GPファイナルに駒を進めた。年明けにはジェフリー・バトルを抑えてカナダ選手権を制した。17歳での優勝は史上最年少。パトリック・チャンは初めての世界選手権でも9位に入った。

2008年-2009年シーズン、GPシリーズ第2戦続けて優勝。GPファイナルこそ5位に沈んだが、その後はカナダ選手権、四大陸選手権と連勝。四大陸選手権ではショートプログラム でISU歴代2位の得点をマークした。2度目の出場となる世界選手権では銀メダルを獲得。

2009年-2010年シーズン、左ふくらはぎの怪我でロステレコム杯を欠場、スケートカナダでは6位、カナダ選手権では3連覇。バンクーバーオリンピック代表に選ばれ、五輪では5位入賞を果たし、世界選手権では2年連続で銀メダルを取得。




2010年-2011年シーズン、スケートカナダではフリースケーティングで 国際大会で自身初めての4回転トゥループを成功させ優勝。ロステレコム杯では総合2位。

グランプリファイナルでは パーソナルベストを更新、3度目の出場で初優勝を果たした。カナダ選手権ではショートで1回、フリーで2回の4回転トウループを成功させ、ハイスコアを叩き出し4連覇を果たした。世界選手権では2位に20点以上の差をつけ圧勝。

2012年-2013年シーズン、史上初の3連覇を狙ったグランプリファイナルは3位に終わった。世界選手権ではショートは当時の歴代最高点98.37点をだし、アレクセイ・ヤグディン以来となる3連覇を達成、国別対抗戦では総合2位。

2013年-2014年シーズン、スケートカナダで優勝 。エリックボンパール杯でショート、フリー共に歴代最高得点を更新。GPファイナルでは2位。ソチオリンピックの団体戦で銀メダル、 個人戦では羽生結弦に次ぐ2 位。

2014年-2015年シーズンのフィギュアスケートの競技をパトリック・チャンは休養。

2015年-2016年シーズン、スケートカナダで5度目の優勝。エリックボンパール杯はパリ同時多発テロ事件の影響でフィギュアスケート競技もショートのみとなり、パトリック・チャン選手はショートの5位で順位が確定。

グランプリファイナルは総合4位 。カナダ選手権では2年ぶり8度目の優勝。四大陸選手権は逆転優勝、世界選手権は5位。

2016年-2017年シーズン、スケートカナダでは前年に続き優勝。 中国杯でも優勝。 カナダ選手権では9度目の優勝。世界選手権では2年連続で5位。

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2.高レベルのスケーティング

パトリック・チャンのフィギュアスケートのスケーティングスキルは、長年選手たちが培ってきたスケーティングの進化の先にあるスケーティングと評されている。このような高いスケーティング技術はオズボーン・コルソンのもとで繰り返したコンパルソリーノの練習が基礎になっているとされている。




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