スペシャルフィギュアについて | フィギュアスケートの豆知識

フィギュアスケートは最近、テレビやニュースで頻繁に放送されるなど私たちの身近にあり冬のスポーツとして華やかで人気の競技の一つです。

フィギュアスケートの選手は3回転や4回転のたくさんのジャンプやスピン・ステップなどを盛り込んだプログラムで滑りますが、最初の頃の競技はどのようなものであったか歴史を見てみましょう。

1.日本の歴史

1914年に河久保子朗がアメリカ人のジョージ・ブラウンの著書を翻訳出版し、2年後の1916年にはさらに内容を充実させた「氷滑」を出版したことでフィギュアスケートが広く知れ渡る様になり愛好家が急増しました。

1920年には 日本初のスケート統括団体である「日本スケート会」を設立しました。

そして1922年には長野で第1回の全日本競技会を開催し、1925年には国際スケート連盟に加盟しました。川久保は日本スケート会とは別に学生によるスケートも活発となり、1925年には長野県松本市で第1回選手権大会が開催されました。この大会は今日も日本学生氷上競技選手権大会として続いています。

2.競技としてのフィギュアスケート

ヨーロッパ全域で盛んになったフィギュアスケートは各地でスケートクラブが設立されました。




1882年にウィーンでウィーンスケートクラブ主催の国際フィギュアスケート競技会が開催されました。この時の種目は23課題のコンパルソリーフィギュアと1課題のスペシャルフィギュアと4分のフリースケーティングで行われました。

種目にスペシャルフィギュアという聞き慣れない名前があります。これはスケート靴のエッジを使い片足でバランスを崩すことなくどれだけ正確に氷の上に図形を描くことができるかを競いました。

現在のバッジテストの図形は8の字を基礎としていますが、スペシャルフィギュアではロゼットや星、十字などスケーター自身が創意工夫を凝らした、より複雑かつ精巧な図形が描かれる点に特徴があります。

1892年国際スケート連盟が設立された時にコンパルソリーフィギュアとフリースケーティングによって行われるフィギュアスケートの競技規定が正式に確立しました。

そして正式名称もイギリスの主張によってフィギュアスケーティングと決まりました。

3.オリンピック

オリンピックの歴史では1908年10月に開催されたロンドンオリンピックで初めて男女シングルとペア、スペシャルフィギュアの4種目が実施され、1920年の第7回アントワープオリンピックでは男女シングルとペアの3種目で再び実施されました。

当時はまだ冬季オリンピックが開催されておらず夏季オリンピックでの実施でした。




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